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明石堂(あかしどう)
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更新日:2013年2月24日更新
明石堂は、小千谷縮布の創始者、堀次郎将俊(ほりじろうまさとし)をお祀(まつ)りしたお堂です。堀次郎将俊は、元和六年(1620年)播磨国(今の兵庫県)明石藩士の家に生まれたと伝えられており、浪人して当地の山谷村に住み、小千谷で織られていた麻布を改良して今日の小千谷縮布の基礎を築いたと言われています。
嘉永元年(1848年)に小千谷縮に関係する人々が建設費を出して建立したもので、積雪を考慮した高床式で、内外の周囲には吉谷の柳田庄左衛門の手による彫刻をめぐらした立派なものです。
桁(けた)間、梁(はり)間各二間二尺、 高さおよそ14.8メートル、総欅(けやき)造。
堀次郎将俊は、延宝7年(1679年)に60歳で亡くなりました。極楽寺の境内に葬られ、祠(ほこら)が建てられています。
文化財指定日 2006年2月24日
明石堂の外観
周囲には柳田庄左衛門による見事な彫刻が施されています
内部の彫刻には彩色も残っています
所在地 | 小千谷市平成2丁目5-7 | 地図 |
アクセス | 関越自動車道小千谷インターから車で2分 |